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17 - 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN PART 1』がよかった

 進撃の巨人の実写映画の前編を観てきた。

 いや、もう、最高。

 

 

1匹の特撮好きとして

 下馬評から、特撮ファンの間では本作が樋口版『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』になるのではないか?と期待が高まっていた、と思う。実際、同作にはきぐるみ怪獣が人間を捕食する衝撃的なシーンがあり、ゴジラに代表される巨大怪獣ではありえない、小さめスケールならではの恐怖が演出されていた。そして、かの大傑作『ガメラ 大怪獣空中決戦』でも、ギャオスが人間を捕食するシーンがあった。

 進撃の巨人といえば人喰いシーン、さあどう来る!と高まった期待が裏切られることはなかった。喰う、喰う、喰いまくる。何より劇中最初の捕食シーンで、喰われる側視点が効果的に使われているのがいい。ただでさえ不気味な巨人が!ひっくり返しで!アアアーー!!!

 しかし、そんなものは半分だ。操演の超大型巨人も、特殊メイクとボディペイントらしき*1、もうちょっと頑張ってほしかった立体機動*2も半分だ。

 変身シーンがね、もう最高だったわけ。

 エレンの巨人化シーンはだいたい原作と同じで、すったもんだの末モブ巨人に食われたエレンが、怒りに燃えて変身し、内側からモブ巨人をぶち破って飛び出してくる。その絵面がもう完璧だ。

 変身は激しい発光を伴う。そして周囲には肉片や血が激しく飛び散る。中心に光と巨人、そして肉片が同心円上に広がり陰影を形作る。まるで万華鏡の中に巨人が躍り上がるかのようだ。そう、まさに、これだ。

 

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 「読み取りすぎ」かもしれないが、本作のエレン変身シーンは、巨人化にともなう夥しいエネルギーの発生と飛び散る肉片というリアリズムをもって、かつて(も今も?)日本中の少年たちが熱狂したウルトラマンの変身シーンはアンリアルではないのだと、力の限り叫ぶために作られたのではないか。

 それすなわち、あ、あ、ああ……

 愛だーーーーーーーーー!!!!!!

 感涙を禁じ得なかった。

 

エレンの戦う理由について

 原作への改変がさまざま施されているが、一番のキモはエレンの戦う理由だろうと。原作は母を殺された怒り、仲間を殺された怒りで彼は突き進み続け、英雄としての使命を手にするのはかなり後半になってのことだ。確か最新刊がそんな内容だったと記憶している。ウオオオオ>╰(・ㅂ・ )╮[ヨロイ])))

 一方、大好評のうちに第一部完! となったTVアニメ版はやや変化球であるように思った。母を殺された怒りや仲間を殺された怒りはそのままに、最終話ではアニ・レオンハートへの屈折した思いが描写されている。アニを尊敬していたこと、そんな彼女を敵として倒さねばならないこと。じっくりと尺を使って積み重ねられた心理描写の中に、エレンはアニを異性として意識していたのではないか、という仄めかしが見えた。巨人になった彼が女型の巨人を倒したとき、確信犯的にレイプ欲求のようなものが挿入されていたのだ。これも読み取りすぎかもしれないが、少年が大人になるという意味合いでは、初恋の相手を殺すというイニシエーションはこの上ないものであり、以降の彼は戦士として認められて然るべきだろう。

 今回の実写映画はいずれとも異なる。

 最初は怒りだ。ここが最大の改変ポイントで、少年時代にミカサが巨人に喰われたことで、彼は怒りを蓄える。しかし、ミカサは人類最強の男・シキシマ(原作のリヴァイにあたる人物)とともに生きて再びエレンの前へ現れる。少年の怒りは、少女の生還によって、一度行き場を失うのだ。

 ならばエレンは何のために戦うのか。道を示すのはシキシマだ。エレンの両親不在の本作において父親のような役割を果たすシキシマに戦う理由を問われ、怒りのやり場を失ったエレンは言い澱んでしまう。そこで、お前は家畜か、と彼は問う。そして冒頭から繰り返される鳥のイメージ。自由の翼! 個人的な怒りではなく、人類の自由という大きなことのために戦う英雄としての決意が明示されるのである。

 ここに性の要素が挟まるのがまたニクい。何かを捨てなければ何かを得られないというシキシマの台詞を踏まえれば、彼が捨てたのは個人的な怒りと初恋、得たものは巨人を駆逐する戦士の覚悟と、巨人化の力だったのだろう。寝取られは最高。N・T・R!N・T・R!イチャラブを捧げよ!(勢いよく拳で胸を叩く)

 正直いって、原作のあまりにも性的でないところが不満だった。極限状況にそれを上回る狂気と怒りで立ち向かう話は素晴らしいが、やっぱり性的なものは否応なしに心を揺さぶるんだ。*3だからこそ、本作は素晴らしいと思った。

 

総評

  ここからは完全に邪推だが、邦画ラインナップのひとつとしてスクリーンにかけるには恋愛要素が必要、だから入れたのだとしたら尚の事最高。クソ恋愛邦画に中指立ててるようなものだし。ゾンビ映画っぽいリア充即死演出含め、なんだか町山センスを感じた。

 何にせよ、さまざまな仕方なさを覆して余りある素晴らしさに満ちた作品だった。子持ちの女が嫌いじゃないなら一見をお勧めする。

 



*1:たぶんそうなんだろうけどそれにしてもすごい

*2:スパイダーマンに真っ向勝負を挑んで負けるくらいなら、暗い画面でごまかし続けるやりかたでよかったのかもしれない

*3:アンチ寝取られ原理主義者や我々寝取られ至上主義者の存在がその証明だし、エレンの童貞をどう扱うかの話なのかもしれん。

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