秋迫る10月のある日のことでございます。
わたくしはゆえあって、死国は、うどん県の属州であるとある土地へ足を踏み入れました。その県に暮らす人々は、夏になるとうどん県を指して「あいつらは我々の県の水を搾取してうどんを茹でてやがる、許せない」と口々に申します。水のことは水に流せぬのですね。
水に流したいような仕事のため、わたくしは車で田舎道をひた走っておりました。道沿いにはケーズデンキ、かつてハローマックだったもの、巨大な駐車場を備えたコンビニ、寂れた中古車販売店、コイン精米機――そんな典型的な田舎の風景で、ふと、うどん屋の看板が目に入ったのです。
先に申しましたように、わたくしが訪れたのはうどん県ではありません。ですが、まあ、いいだろうと。ほとんど始発の新幹線に飛び乗っての旅路でございましたので、ファミレスやファストフード、ラーメンのたぐいは喉を通る気がしなかったのです。うどん。いいじゃないか。というか、お前さんがたもうどん茹でとるじゃございませんかと。思ったわけです。
そこで、わたくしは遭遇してしまったのです。懐かしくもおぞましい、カツカレーうどん定食に。
話は変わりますが、『メダロット3』というゲームをご存知でしょうか。
わたくしも少年時代には熱中したものでございます。ずっとカブト派でした。2から始めたので怪盗レトルトの正体がまるでわからず、使うメダロットの卑怯さも相まって本気でクールに見えたものです。いや、思い出しますな。劇伴鑑賞モードでゲームボーイにイヤホンをつないで、怪盗レトルトのテーマを無限に聴きながら漱石を読むような少年時代でした。
メダロッターなら、こんな前置きも不要にございましょう。
登場するのです。カツカレーうどん定食が。
店内はそれほど混雑しておらず、わたくしはひとり、四人がけのテーブルに腰を下ろしました。御期待に添えず申し訳ございませんが、わたくしが注文したのは、ぶっかけうどんと小さい親子丼のセットメニューでございます。税込み600円。デフレーションでございます。
半分ほど平らげた頃、隣のテーブルに、作業着姿の中年男性が座りました。そして注文しました。
「カツカレーうどん定食」
は??????
俺天領イッキだぞ?????
カツカレーうどん定食と言えばメダロット。メダロットと言えばカツカレーうどん定食。そんな注文を隣で聞いてしまって、止まることなどできましょうか。天領イッキですので、こう考えます。
カツカレーうどん定食とは、一体何なのか?
1.カツカレーと、かけうどんのセットである
これが一番オーソドックスでしょう。
カレーと麺もののセットは、町の食堂やSA等でよく目にします。
2.カツと、カレーうどんと、ライスのセットである。
天下一品スタイル。
こってりな麺ものと、肉々しいおかずと、ライスで、定食。
人をダメにするセットです。
3.カレーうどんの上にカツが乗った、独自メニューである。
過去に「カツカレー焼きそば」というものに遭遇したことがあります。
焼きそばに、カツを乗せ、カレーをかけたものです。
この「カツカレーうどん」も、似たようなものだろうと。
定食というからには、ライス味噌汁漬物もついているのでしょう。
さて。
心がメダロッター時代に還ったわたくしの箸は止まり、刻一刻と時間は流れていきます。作業着姿の男性は新聞を読んでおります。日経新聞でした。インテリでございます。わたくしも、取引先へ向かわねばならない時間が近づいておりました。
メニューをもう一度確認します。カツカレーうどん定食は、確かにございました。ですが、写真がありません。「カツカレーうどん定食」としか書かれておらず、内容はわかりません。
すると、店員さんがおいでになりました。おお、あれなるはカツカレーうどん定食。
汁がない。
皿に盛られたうどんの上に、カツカレーがかかっている。つまり、ぶっかけであります。少なくとも、わたくしの知るカレーうどんではございませんでした。ショックを受けました。三通りの予想を上回られたわたくしは敗者でした。天領イッキではありませんでした。
思わず肩を落とし、わたくしは店を後にしました。今、あの店をGoogle検索で探していますが、見つかりません。そして明日も、メダルを抜かれたティンペットのような人生が続くのでございます。