34 - やれたかも委員会「オーバースキルを使いたかった、あの夜」

○謎の会議室

 三人の男女が並ぶ前に立つ、メガネの男。

T「犠星塾 塾長 能島明」

 能島、腕を組み無表情。

T「ミュージシャン パラディソ」

 Macbookリボルテックヤマグチ新作を検索。

T「財団法人ミックステープ代表 月満子」

 スマホ氷食症について検索。

 スマホを置き、メガネを直す。

T「機械設計エンジニア 高橋矢尻」

高橋「当時私は大学生でしたが、留年中でした」

高橋「ですから、暇に任せてアルバイトをしていました。書店とレンタルビデオ店が一体になった大型店舗の、書店フロアの方です」

 

○書店

 品出しする高橋。書店の制服。

 マイナー漫画の棚を丁寧に整理する。

高橋「そこで意気投合したオタク友達がいたんです」

 隣に現れる、同じ制服姿で、高橋と同じ漫画を手ににやりと笑う男。

高橋「斎藤という男でした。品出し後から夕方までの朝番シフトに入れる若い男ですから、まあなんというか、スネに傷があるタイプでして。彼も大学を休学中で、時間が有り余っている、端的に言ってクズでオタクな大学生でした。私と同じように」

 

○居酒屋

 盛り上がる酒席の隅。周りから背を背けるような高橋と斎藤。

高橋「バイト先の飲み会でも、私たちは他のバイトらから離れて、アニメの話ばかりしていました」

 

高橋(昔)「桂ヒナギクいいよね…」

斎藤「ナギ様派なんだよな…」

高橋(昔)「くぎゅか、わかるよ」

斎藤「そういうお前は御前」

高橋(昔)「ふ、ふふ…」

斎藤「ふふふ…」

 

高橋「私たちは、ウマが合っていました。今思えば、リア充、今で言えばパリピでしょうか、彼らに紛れてバイトなんて、結構無理があった。私たちは互いに無理をしていて、だからこそ戦友を見つけたような気持ちでいたんです」

高橋「でも、そんな私たちの安心な関係に、いつも割り込んでくる女性がいました」

高橋「カオリさんといいました。さらりとしてロングの、深い茶色の髪が印象的な、やたら美人な先輩でした。年齢は私たちより、ひとつかふたつ上だったでしょうか」

 

 高橋の隣に座るカオリ。

カオリ「あ、それ、日曜の朝にやってるアニメでしょ。あたし観てるよ~」

高橋(昔)「そ、そですか」

斎藤「ニチアサです…」

カオリ「ギャグのテンポが天才的じゃない? 朝から腹痛くなるっつーの。ね?」

高橋(昔)「…」

斎藤「…はい」

 うつむく斎藤と高橋。

 

高橋「今にして思えば、もう少し上手い話し方があった。でもあの時の私たちにとって、カオリさんは『向こう側』の人でした。斎藤と話している時のような安心は、カオリさんでは絶対に得られなかった。気さくな年上の、やたら美人な先輩が私たちに何を求めているのかもわからなかった。カオリさんが来ると、私たちは言葉少なに、とっくに冷めた揚げ物に箸をつけ、薄まった飲み物に口をつけました。」

高橋「それでもカオリさんは楽しげでした」

 

カオリ「あたしも結構アニメとか観るんだよね~。でも、あんま話できる友達いなくてさ」

高橋(昔)「そうなんですか…」

斎藤「…」

カオリ「二次会、行くよね?」

 カオリ、頬杖をついて笑顔。

 

カラオケボックス

高橋「二次会は決まってカラオケで、斎藤と私は決まってキングゲイナー・オーバー!を歌っていました。キーが高くて声量が要る歌です。ふたりで歌うとちょうどよかったんです」

 

高橋(昔)「こもるだけでは何ができると いじける俺に教えてくれた」

斎藤「君と出会って 胸をあわせば命が」

高橋(昔)「メタルファイヤー…」

斎藤「燃えてきた…」

高橋(昔)・斎藤「メタルフゥゥーーーーールコォーート!!!」

 モンキーダンスを踊る高橋と斎藤。

 足を組んで微笑みつつそのさまを見ているカオリ。

 

高橋「バイト先は人数が多くて、カラオケに行くと部屋がいくつかに別れました。ですがカオリ先輩は、いつも私たちと同じ部屋にいました。やたら美人な先輩が、なぜかいつも、同じ部屋に」

高橋「そんなことが数回続きました。飲み会。アニメや漫画。割り込んでくるカオリ先輩。カラオケ。キングゲイナー・オーバー!。あの頃流行っていたものの話ばかりでした。ひぐらしとか、東方とか、ハルヒとか、らき☆すたとか。斎藤は結構な東方厨で、十六夜咲夜のアクキーなんかカバンにつけていました。カオリ先輩はそれを見ると、『あ~、咲夜じゃ~ん!』とか言うわけです」

高橋「嫌だな、と思いました。だから俺と斎藤だけがよかったのに、とも思いました。私には東方がわからなかったんですよ」

高橋「そんな冬のある日の飲み会でした」

高橋「斎藤が欠席したんです」

 能島、激しく影の差した無表情のアップ。

 

○居酒屋

 居心地悪そうな高橋(昔)。正面に座るカオリ。

カオリ「高橋くんって、あんまり話さない人?」

高橋(昔)「そんなことないです…」

カオリ「あるよ~。今日だって、斎藤くんといる時の半分も喋ってないし」

高橋(昔)「そんなことないです…」

カオリ「二次会、行くよね?」

 

カラオケボックス

 やはり居心地悪そうな高橋(昔)。正面に座るカオリ。

 他のメンバーが歌っている。広瀬香美の『ゲレンデがとけるほど恋したい』。

 ウーロン茶を飲む高橋(昔)。

 

高橋「その夜の私は、『早く帰りたい』以外のことを考えていませんでした」

高橋「ですがそのカラオケボックスで、私にとっての大事件が起こりました」 

 

 曲を入れると席を立ち、高橋の隣に座るカオリ。

 両手にマイクが一本ずつ。カオリは一方を高橋(昔)に渡す。

 入った曲は『キングゲイナー・オーバー!』。

 カオリ、にやりと笑って親指を立てる。

 

高橋「初めてでした。異性とふたりで同じ曲を歌うの」

高橋「オーバーヒートでした。ツンドラを溶かすような」

 

カオリ「愛と勇気は言葉!」

高橋(昔)「感じられれば力!!」

カオリ・高橋(昔)「メタル・オーバーマン キングゲイナー!!!」

 

○路上

バイト仲間たち「お疲れ様っした~!」

 

高橋「会場がバイト先に近かったので、何人かはまとまって、夜シフトの連中がいる店に行こうとか騒いでいました。私は終電が近くて、すぐに帰るつもりでした」

高橋「カオリ先輩が私を呼び止めました」

 

カオリ「高橋くん、電車?」

高橋(昔)「はい…」

カオリ「あたしこのへんなんだ~。いいっしょ」

高橋(昔)「ははは…」

カオリ「斎藤くんいなくて残念だったね。なんか居心地悪そうだったし」

高橋(昔)「そ、そですね。……あっ、今度はCan you feel my soul歌おうぜって言ってたんですよ。斎藤と。俺、エンディングの方も好きで、むしろエンディングの方が、ニコニコとかでは、オープニングの方ばっか人気ですけど…」

カオリ「お前ら絶対本編観てねーだろってね」

高橋(昔)「そう! 絶対観てないっすよね、ああいう奴ら!」

カオリ「いいよね~。告白シーンとかめっちゃ好きだし」

高橋(昔)「いいですよね」

カオリ「言われてみたいな~、ああいうの」

高橋(昔)「え?」

 高橋(昔)、顔を上げる。

 カオリ、ぼぅっと上を見ていた目線が下がり、高橋を見る。

カオリ「キミなんか似てるな~、ゲイナーに。メガネだし」

カオリ「言ってみてよ~、ほらほらぁ」

 

○謎の会議室

高橋「私は…何も言えませんでした。笑ってごまかすばっかりで」

高橋「……」

高橋「もしも私に、あの時、ゲイナー・サンガのような度胸があれば」

高橋「笑われてもいいから大声で告白して見せるような勇気があれば、あるいは…」

 

能島「!!……【やれた】」

能島、壮絶な表情。

 

パラディソ「……【やれた】」

パラディソ、サングラスの下に沈痛な眼差し。

 

満子「……【やれたとは言えない】」

満子、メガネに手を添え、表情は見えない。

 

パラディソ「【やれた】【やれた】【やれたとは言えない】」

パラディソ「【やれた】2票ということで、高橋矢尻さんのお話…【やれた】と認定いたします」

 一同拍手。

 浮かない表情の高橋。

 高橋、天を仰ぐ。

高橋「やれたか…」

能島「凍りついた大地を溶かす、一筋のやれたかも」

能島「ツンドラの上にだけ咲く、花があります。大切にしてください」

高橋「…ありがとうございました」

 釈然としない表情の満子。

 高橋、それに気づく。

高橋「あの、月さんは、どうして……」

満子「……レンタル、しませんかね」

高橋「レンタル?」

満子「バイト先のレンタルビデオ店がすぐそばだった。だったら、そのアニメを借りて、一緒に観ようと誘うんじゃないでしょうか。カオリさんの家は近いんですよね」

高橋「……!」

 高橋、目を瞬かせる。

高橋「で、でも、ならどうしてカオリさんはあんな…」

満子「したかったんじゃないでしょうか」

高橋「したかった?」

満子「アニメの話」

高橋「……はい?」

満子「アニメの話、したかったんじゃないでしょうか」

 

[了]

 

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本記事は創作です。また、吉田貴司さんの「やれたかも委員会」とは何の関係もないファンテキストです。