37 - 実録:不倫がはじまる時 ツバメさん(28歳・仮名) [後編]

『実録:不倫がはじまる時 ツバメさん(28歳・仮名)[後編] 夫に知られて、狂言妊娠、そして……』
週刊月宿女性フィフス2018年3月第3週号(ゲッシュク・ガゼット増刊)

 

 不倫の引力に囚われた当事者の女性にお話を伺う3回連載の最終回。G学園の卒業生で、清楚で生真面目な女性だったツバメさん(28歳・仮名)は、夫の暴力への悩みから、街で偶然再会した元同級生、タカハシさんとの禁断の関係に溺れてしまいます。愛を求める永遠のさすらい……その姿は男と女。果たしてツバメさんの許されざる思いは、どんな結末を迎えるのでしょう。

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終わりは呆気なく……


――旦那さんとの夜の関係は?

ツバメ(以下T):続いていましたよ。ほとんど、作業みたいな感じで。少しも愛のないセックスって、なんだか滑稽なんです。カエルみたいに足を開いて、犬みたいに這いつくばって、猿みたいに腰を振って。私あの時、夫のことを見下していました。行為自体は気持ち悪さしかなかったんですけど、夫が私のことに何も気づいていないという優越感だけは、とても気持ちよかったです。

――旦那さんに浮気を知られたのは?

T:彼と……タカハシくんと再会して、ちょうど一年くらい経った、冬の日のことでした。あの日も日曜日で、夫は朝から外出していました。私は、タカハシくんを家に呼んだんです。

――それは……迂闊ではないですか?

T:そうですね(笑)

――どうしてですか?

T:彼が、その……私の手料理を食べたいって、言ってくれたんです。私、料理がすごく苦手だったんです。結婚してからは頑張って練習もしたんですけど、全然上達しなくて。夫はいつも、私の料理を食べると、笑うんです。「吉野家の方がマシだな」って。下手だってわかっていたんですけど、言われる度に傷ついて……。そのことを彼に話しても、全然信じてくれないんです。真面目でなんでもそつなくこなす奥さんに見えてたらしくて、全然そんなことないのに、吉野家なんてひどいって、まるで自分のことみたいに怒って……。下手なのは本当なの、って何度言っても信じてくれなくて、じゃあ、って話になって、それで。

――その日は、何を作ったんですか?

T:タンシチューです。

――タンシチュー?

T:はい。学生の時に、料理の上手な友達がいて、彼女に教わったんです。その時以来、作ったことなかったんですけど、特別な日だから頑張りたくて。おいしい、って言ってもらいたかったんです。彼に。それで夜中に、ぐっすり寝ている夫を起こさないように起きて、仕込みして、翌朝夫が出かけてすぐに煮込み始めました。
呼び鈴が鳴った時は、なんだか夢の中にいるようでした。お鍋の様子を見ながら彼の帰りを待って、エプロンを着けたまま手を拭きつつ、扉を開けて彼を出迎えるんです。そういう生活に憧れていた自分に気づきました。
彼が持ってきてくれた赤ワインで乾杯して、私たちは食卓を囲みました。シチューは少し塩気が強かったけど、抜群の出来栄えでした。彼はすごく美味しいって言って笑って、嘘つきだって私をからかって、それから寝室で……。

――彼とセックスした?

T:はい。彼に抱かれながら、今が夜ならいいのに、って思いました。でも日曜日の昼下がりでした。玄関から、扉が乱暴に引かれる音がして、私は我に返りました。凍りついている間に鍵が回って、扉が開いて、下の階に響きそうないつもの足音がして……夫が。

――修羅場ですね。

T:全くその通りでした。私は夫にしがみついて、何度も何度も私が悪いの、ごめんなさいって叫びました。タカハシくんはしばらく唖然としてから、服を着て、私たちを交互に見て、黙って帰りました。夫は彼を追いもせず、私を怒鳴りつけ、叩きました。まだ半分残っていたお鍋がひっくり返されて、片付けてもいなかった食器が部屋中に散乱しました。落ち着いて話ができるようになった時には、もう日は暮れていました。

――タカハシさんは、弁解も言い訳もしなかったのですか?

T:たぶん、夫が姿を見せたあの瞬間に、彼にとって私はどうでもいい存在になってしまったのだと思います。でも私にとっての彼は、そうじゃなかったんです。

――彼は逃げたのではないですか?

T:……そうかもしれません。

 


「あなたの子供がいるの」私の告白に彼は……


――その後、旦那さんとは?

T:ひと悶着ありましたが、離婚が成立しました。

――円満離婚とはいかないと思いますが。

T:そうですね。夫は私に慰謝料を求めました。離婚の原因は私の浮気、多大な精神的苦痛に対し、金銭をもって報いるべき、というのがその理屈でした。夫の代理人の口から、暴力については一切語られませんでした。ですが私も、黙って慰謝料を払いたくはありませんでした。暴力の証拠があったんです。

――証拠?

T:あの時……夫に私の浮気が知られた時、拳を振り上げる夫を見て、私は咄嗟に、スマホのカメラで動画を撮ったんです。私を叩く夫の姿が、そこにははっきり映っていました。以前、夫の暴力について、法律に詳しい友達に相談したことがあったんです。彼女が「あー……その手は証拠となるものがないと泣き寝入りですよ」と教えてくれて、それで咄嗟に身体が動きました。夫は頭に血が昇っていたんでしょう、気づいていませんでした。
夫の代理人は、それは一時の感情によるもので、日常的な暴力を示すものではないと言いました。ですが、通院記録もありましたし、薬局で湿布や絆創膏を買った時の領収書も保管していました。ちゃんと管理しないとやりくりできなかったので。

――法廷闘争にはならず?

T:幸い。夫の日常的な暴力と、私の浮気で双方に原因があるということで、両者とも慰謝料の請求権を放棄するという覚書を取り交わしました。

――タカハシさんとは?

T:彼の方から連絡はありませんでした。私の方から何度も、何度も、電話やLINEをして……それでも会ってくれませんでした。でも、奥さんに話しますよ、と言ったら、渋々という様子で、彼は呼び出しに応じてくれました。離婚調停のため、法律事務所に通っていた頃のことでした。

――忘れて、新しい生活を始めた方がよかったのでは?

T:忘れられるわけないじゃないですか。

――……申し訳ありません。

T:いえ、いいんです。私は、彼のことを愛していました。彼が私に望むものと、私が彼に望むものが違っていたとしても、彼と一緒にいたかった。そのためならどんなことでもするつもりでした。でも、ようやく会ってくれた彼は、素っ気なかったです。これまで一緒に過ごした時間が全部消えてしまったかのように。だから私、彼にこう言ったんです。「あなたの子供がいるの」って。

――妊娠していたんですか?

T:嘘です。でも、そう言えば、彼はまた私のことを考えてくれると思いました。「奥さんと別れてほしい」とも言いました。
待ち合わせた場所は、彼と再会した日に立ち寄った喫茶店でした。彼はやっぱり私に奥の席を勧めて、椅子を引いて、コートを受け取ってくれました。あの時と同じでした。形だけの優しさでした。それでも私は期待しました。彼が私に形のないものもくれるんじゃないかって。でも彼はこう応じました。「いくら必要?」って。

――人生を共にするつもりはなかったんですね。初めから。

T:私、悔しかったです。この人の人生を滅茶苦茶にしてやりたいと思いました。私の心を滅茶苦茶にしたように、この人のことも滅茶苦茶にしたいと思いました。お金なんかいらないの、って怒鳴りました。私は、私が彼と一緒にいてどんなに嬉しかったかを一気に話しました。でもひとつ話すたびに、その思い出が凍りついて崩れていくのを感じました。話し終えた頃には、私たちはもう、元同級生なだけの、他人同士でした。

――復讐は考えませんでしたか?

T:会うまでは、ずっと考えていました。家の近所にビラをまいてやろうとか、会社に電話をかけまくってやろうとか、奥さんに他人のふりして近づいてみようとか、ずっと考えていました。でもしませんでした。彼は、別に私に何かを隠していたわけじゃなかったんです。奥さんがいることも子供がいることも、何も隠さずに私と関係していました。それってつまり、身体だけの関係だっていう、彼の意思表示だったんです。私が勘違い……いえ、私が勝手に、これは愛だと自分に言い聞かせていただけだったんです。

 


熱情の終わり……残されたものは?


――お金は受け取ったんですか?

T:いいえ。代わりに、別れ際に、プレゼントを渡されました。品のいいトパーズのネックレスでした。もらえないよと言ったのですが、彼は頑なでした。どうして、と訊くと、あの時渡すつもりだった、って言うんです。私が彼を家に招いた日です。もう一度どうして、と訊くと、彼は困った顔で、「少し早いけど、誕生日プレゼントのつもりだった」って言いました。あの日曜日の翌週が、私の誕生日だったんです。

――誕生石ですね。

T:そんなふうに言われたら、返せなくって……だって私、忘れてたんです。もう何年も、誰も祝ってくれなかったから。自分のことなんか、気にしていられなくて……。

――そのネックレスは?

T:今も着けています。

――最後にお訊きします。彼との不倫を後悔していますか?

T:いいえ。

――今後は、新しい恋愛を?

T:まだ、気持ちの整理がつかないんですが……今夜、久し振りに昔の友達と会う約束をしているんです。私が離婚したってどこかから聞きつけたらしくて、みんな忙しいのに集まってくれて。みんなすごい子たちなんですよ。オリンピック選手だったり、探偵事務所を開いてたり、なぜか三日前までカトマンズにいて音信不通だったり……普通の家庭を築いていたり。たくさん、話してこようと思います。

――ありがとうございました。

 

[了]

 

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※本記事はフィクションです。また、㈱スクウェア・エニックスおよびゲームアプリ『スクールガールストライカーズ』とは一切関係ないファンテキストです。