04 - 岩井俊二と国語の先生の話

 岩井俊二が嫌いだ。

 当人に恨みはないし、最近『花とアリス』を観たときは、コスプレ感が限りなくゼロに近い制服や鈴木杏の当時流行の前髪に大いに興奮した。特に性的なアピールではないのに思わず甘勃起する映像は最高だ。それをさておくとしても、思春期の危うさと美しさを全身で浴びるような、類まれな映画だと思った。

 でも岩井俊二は嫌いだ。

 お恥ずかしいことだが、中学生の頃に遭遇した国語の先生のせいなのだ。

 

 その国語の先生(以降N先生とする)は当時25歳くらい。細身で日焼けした肌をしているサッカー部の顧問であり、生徒の母親からわりと人気があった。共学校だったら休み時間ごとに女子に構われるタイプなのかもしれないが、あいにくカトリック系の私立男子校だった。

 若いなりにこだわりを持った授業をしたかったらしく、教科書をほとんど使わない先生だった。自分もサッカーが好きだから生徒と一緒にワールドカップに熱狂したり、一方でややオタクめな生徒を「おまえはよく本を読んでいるよな」と褒めている姿もよく覚えている。もちろん、その気配りが空回りして、授業中に学年一のオタクにエロゲーとギャルゲーの違いを説明させてしまうような一幕もあった。*1しかし、N先生が世間一般に照らしていい先生であったことに疑いの余地はない。彼に話しかけられたことのない生徒はたぶんいないし、かけられる言葉は必ず、こちらの話を引き出すためのものだった。己のつまらない思想・理想を押しつけるような、いわゆる熱血教師とは一線を画していたのだ。

 誰にでもいいところがある、人は一人ひとり違っている、常識が異なる人がこの世にはたくさんいる、相手のことをちゃんと知ることから歩み寄りが始まる。そんな社会生活の基本のようなことを、N先生の人となりや生徒との接し方を通じて学んだように思う。

 つまり、ここから先に、彼を誹謗中傷する意図はない。

 

 先述のように、N先生は教科書をほとんど使わず、自前の教材で授業を組み立てていた。夏目漱石の『こころ』は最初から最後まで全文を授業で読み上げた。そのときの直木賞作品などを取り上げることもあり、在日朝鮮人という中学校で扱うにはデリケートなテーマを持つ金城一紀『GO』を使ったこともあった。よりによってセックス後に主人公が「俺、実は在日朝鮮人なんだ」と打ち明けたら女の子がラブホから逃げ出すシーンだった。カトリック系の私立男子校だったことを思えばとても挑発的だ。

 そんなN先生が、確か夏休みに、ある映画の感想文を書けという宿題を出した。

 忘れもしない。岩井俊二打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』である。

 

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  今ならこの映画をN先生が題材に選んだ理由も理解できる。女の子と友達のどちらを選ぶかは切実な問題だ。特にミドルティーンの男子にとって、女子と近づくことの優越感と仲間との連帯感はどちらも何よりも大切なものだ。

 先生はきっと映画を通じて自分と向き合って欲しかったのだろう。年嵩の大人たちが選んだ教科書に載っている小説ではこうはいかない。中学生たちが真に等身大で共感できる作品は希少だ。せっかく勝負に勝った祐介がなずなとの約束を反故にした理由、親に連れて行かれるなずなを見ていることしかできない典道、ルージュを引いたなずなの「16歳に見える?」という言葉、そしてForever Friendsが流れる夜のプール。傍線を引いて「この時の登場人物の気持ちを50文字以内で書きなさい」と添えたいシーンが山ほどある。自分なら、という思いをつい抱かせる。月並みに言えば、誰もが共感しうる作品だから、今日まで愛されアイドルのMVでもパロディされるのだ。*2 *3

 

 しかし、ここでN先生の思いもしない誤算が生じる。

 

 わからないのだ。*4

 カトリック系の私立男子校である。周りに同年代の女子はなく、みな小学生時代の人間関係からは切り離されてしまっている。恋愛どころか淡いあこがれに遭遇することすらない。まさに純粋培養そのものな少年たちは、ひと夏の恋物語などに共感はできない。すなわち、

 なーーーーーーーーーーーにがホーミーライカァフレンッ…だ死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!そんなん別世界の出来事なんですーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!地元の友達とかこっち私立だから会うこともないんですーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!死ね!!!!!!!!!!!!

 憎い!!!!!!岩井俊二が憎い!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 この映画を自分のことのように見ることが出来た連中が憎い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 え???????もしかして同年代の女子の気持ちをボクたちに想像させたかったんですか?????????????

 尚の事死ねや!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おめーーーー中高一貫カトリック男子校なめてんのか!!!?!??!?!?????んん???????????

 Kの気持ちなんか知るかよハゲ!!!!!!!!!!!!!!!こんな俺だから今はNTR大好きだよ!!!!!!!!!!イエーーーイNTR最高!!!!!!!!!

 つーーーーーかよーーーーーおめーーー奥菜恵好きなだけだろーーーがよぉーーー!?!?????いいよな奥菜恵エロいよな奥菜恵の子役時代最高だよなーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!わかるわかる!!!!!!!!

なーーーーーにが天にまします我らの父だよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ウワーッ思い出したら死にたくなってきたいっそ殺せ!!!!!!!殺してくれ!!!!!!!!!!アアアーーー!!!!

 

 

 

 岩井俊二が嫌いだ。

 当人に恨みはないし、蒼井優鈴木杏なら鈴木杏派だ。

 『花とアリス殺人事件』の公開が待ち遠しい。

 

 

*1:当人にとってはトラウマかもしれない……

*2: 乃木坂46 『ガールズルール』 - YouTube

*3:共感性の創造には上から目線が不可欠で、こじらせたオタクは上から目線されることに敏感だから、共感を煽るものを蛇蝎の如く嫌う。が、それはまた別の話である。

*4:当時は今ほどインターネットも発達しておらず、これがタモリが語り部である『If もしも』というTV番組で放送されたドラマである、途中からはIfの世界の話であるという背景を知ることが困難だったこともある。