47 - ある日の隼坂翠の愚痴 あるいは湊小春の私服について


○隼坂翠 月宿町某所 


「ごめんね。こんなところで呼び止めて。でもこんな話をできるのは、キミくらいしかいないからな~。

 そう。小春のこと。

 わたしがいた釣りサークル。ついに解散だって。男の子は誰も言わないけど、女の子はみんな言ってる。あれ、小春のせいなんだよね。

 最初に小春を誘ったのはわたしだった。だからちょっと責任を感じもしてるんだ。

 いやー、でも、あそこまでとは思わなかったな。

 学部の同期と付き合い始めたって聞いた時、正直ちょっと意外だったんだよね。

 小春ってかわいいしけど引っ込み思案なところあるし。ああいう、いかにも異性慣れしてないような男の子に行くのが、意外だったっていうか。もうちょっと、引っ張ってくれるような男の子の方が、小春とはうまくいくんじゃないかなって思ってた。

 でもさー……

 簡単に言うとさ、その童貞クンは、小春の踏み台だったわけ。

 なんか変だな~、とは思ってたんだよ。すんごい男ウケ狙ったような、フレアフレアしたAラインのスカートとか、リボンチョーカーみたいなのとか。いやそれなに巻いてんのキミ、って言いたくなっちゃうような、こう……すんごいアニメっぽい女の子服を、急に着るようになったんだよね。

 で、なんかデカいの。胸が。

 ただでさえデカいのに、うお~、お前どんだけ寄せて上げるんだ~、って感じで、しかも胸元開き気味で、ちょっと屈んだら鎖骨から谷間にかけて見えるな~、ってのを、着るわけ。

 いや、べつにダサいとは言わないけどさ。

 清楚、って言葉のイメージってさ、結構男女で違いあるじゃん。

 小春の格好は、もう完全に、男から見た清楚だったんだよね。

 悪いとは言わないよ? 言わないけどさ。

 なんかさー……

 わたしと小春、高校から一緒でね。同じ制服着て、同じ教室通ってたの。

 高校までの小春は、彼氏とかできたことなかった。わたしが保証する。同じクラスの男子でも、ちょっと話すとすぐ挙動不審になるような子だったし。

 それがさー……

 で、同期でオタクの童貞クンをコロっとオトして。

 それから、喋り方とかも変わったんだよな~。

 合コンさしすせそって知ってる? 「さすが」「知らなかった」「すごい」「センスいいね」「そうなんですか」の略ね。

 小春、ホントにそういう言葉を使いまくるわけ。で、そんな子が、女子に好かれるわけないじゃん? 異性慣れしてる男子も、ちょっとああいうのは、あざといな~とか言うようになって。

 で、学部で完全に孤立しちゃったんだよね。

 こりゃまずいぜ、とわたしは思ったのだよ。

 で、わたしのいた釣りサーに誘った。

 まー、それが間違いだったのだよなあ……

 小春は、ますますヤバくなっていった。

 いや、よく考えれば当たり前なんだよね。釣りサーなんて趣味人の集まりで、女子なんてわたしみたいなはぐれ者か、ガチのガチガチで釣りを極めてオンナを捨ててるような人しかいないし。あ、その人は普通に彼氏いたんだけどね。

 で、そんなアウトドアしか興味ない、おれたち男と名誉男、やっていくぜー! って集団に、小春が入ってくる。

 マジで目をきらきらさせながらルアーのコレクションを見せてもらって、生餌を見ればきゃあきゃあ言って抱きついて、キャンプ道具を見ればお料理したいなー、バイクで渓流攻めてる人がいれば一緒に乗りたーいとか言うわけ。あんまぁ~い香水の匂いをばらまきながらさ。

 投げ釣りが得意な人がいれば、胸元あたりの筋肉をさ、うわー硬いですねーとか言いつつ、ボディタッチするわけ。相変わらず必ずリボンついてる服で、膝丈ワンピースで、だいたい襟が広めでさ。そりゃ、みんなの目が行くよね。胸に。

 わたしも、こりゃヤバいと思ってさ。ふたたびね。遠出する時なんかは、必ず車出して、小春と他のメンバーがふたりきりにならないようにしてた。ボロいジムニーだけど、無理して買ってよかったって、あの時は思ったなあ。

 で、その頃だったかな。

 わたしも後で聞いたんだけど、小春、ストーカーに遭ってるって、サークルの先輩に訴えてたみたいで。その先輩も、週末の度に海釣りに行くような人でさ。私服もユニクロとワークマン着て最近のはオシャレだぜって笑ってるような人でさ。眼鏡だし、イケメンではないけど、見た目も性格もこざっぱりしてて、いい人だったんだよね。

 それが小春のせいで、様変わりしちゃったんだよ。

 飲み会があれば、小春を絶対自分の隣に座らせるし。話の流れで小春に腕を掴まれてたメンバーを後で呼び出して、くどくど説教したりとかさ。で、そのストーカーってのが、同じ学部の、例の童貞クンだったわけ。

 要は、小春の方が二股かけてたんだよね。童貞クンとは切れてないまま先輩と付き合って、あっちの人ストーカーなんです助けてって泣きつくの。

 うわー、って思うでしょ?

 でもそれじゃ終わんなかった。

 次はサークルの部長だった。小春、最初は、眼鏡の先輩から暴力を振るわれてる、って相談したみたい。で、部長も優しいから真に受けた。夜に部長とふたりで飲みに行くことを何度か続けて、眼鏡先輩のLINEを既読無視して、そしたら眼鏡先輩も怒ったり心配になったりして電話してくる。それを部長の目の前で受けて、半べそかいて、震えながら「今晩泊めてくれませんか」って言う。イチコロだよね。

 部長もさー、結構いい人だったんだよね。親が士業かなにかでお金に困ってなかった人でさ。アウトドア用品もブランド物で揃えてた。そのくせ釣具屋でバイトして、部員が道具を買う時に社割使わせてくれるような、庶民っぽいセンスも持ってる人よ。

 ……気づいた?

 最初はオタクの童貞クン。次はオシャレユニクロの眼鏡。そんでお金持ちで庶民感覚もある部長。

 ステップアップしてんの。着実に。

 で、サークルは滅茶苦茶。

 最初の童貞クンに全然関係ないメンバーが詰め寄られたり、他のメンバーが小春のことをかわいいって言ったらオシャレユニクロが急にキレて殴りかかったり。

 最初に辞めたのは、ガチ釣り勢の女の先輩だったな。わたしが引き止めたら「なんであんなの連れてきたんだよ」ってキレられちゃったし。いやー、そんなに関係悪くないと思ってたんだけどな。あの先輩とは。

 それでも、なんとかしようとしたんだよ。

 今年の夏にね、残ってたサークルメンバー全員で、渓流沿いの温泉に行ったんだよね。風情のある温泉街で、食べるものも美味しいし、釣りもできるし……温泉にも入れる! なんたって温泉だからね!

 でもさー……

 食事も終わって、一通り散策もして、よーし明日は帰れるギリギリまで釣って釣って釣りまくるぞーって夜中にさ、小春がわたしの車に忘れ物したって言うの。

 で、キーを渡して。

 しばらく待つ。

 でも、いくら待っても帰ってこない。ロビーの方行ってみても姿が見えない。もしや、って思ったけど、ユニクロ眼鏡もモンベル部長もロビーで一緒にビール飲んでた。小春がいないところでは仲良さそうで、ちょっと安心しちゃった。

 そうなると、駐車場暗いし、怪我したか道に迷ったのかな、って思って、急に心配になってきてね。行ってみたの。車の方へ。

 そしたらさー……

 今度は別の先輩よ。

 わたしの車の後ろ開けて、先輩が荷台に腰掛けて、足元に小春が蹲って、もうじゅっぽじゅっぽよ。

 は? これ何? 人の車使って何してんの? っていうか車内灯ついてるんですけどバッテリー上がったらどうすんの? ……って言えたらよかったんだけど。

 わたしは逃げた。

 もう、小春が何考えてるのか、全然わかんなくなっちゃってさあ。

 小春のことは心配だよ? そんな付き合い方してたら、絶対いつか自分を傷つけるし。

 でも、わたし、それ以上に……

 小春が気持ち悪い。

 そういうのって、一度気づいちゃったら、もう駄目なんだよね。小春の些細な言葉とか、仕草とかに、ゾワっと怖気が立っちゃう。

 その旅行から帰ってから、わたしはあんまりサークルに顔出さなくなった。

 ……で、解散だって聞いたってわけ。

 車は売っちゃった。好きだったんだけどなー、ジムニー

 小春とも、夏休み開けてからほとんど話してない。

 あ……でもこの前街中で見かけたな。なんでかわかんないけど、ゼミの助教と一緒に。

 うーん、これもそういうことなのかのぅ。

 ね、キミはどう思う?

 わかんないか。猫ちゃんだもんね。

 難しいよね、人間って。

 聞いてくれてありがと。じゃあね。」

  



 

※本記事はフィクションです。また、㈱スクウェア・エニックスおよびゲームアプリ『スクールガールストライカーズ』とは一切関係ないファンテキストです。